IMCCD 高山さんからの手紙 #23

野田塾では、「未来にはばたく人材の育成をめざして」という指導理念の下、塾生の皆さんに広い視野を持っていただくために、地雷処理専門家の高山良二さんの活動を支援しています。

 今回は、村に初めてできた小学校についてお話してくださいました。高山さんからの手紙をWEB上でみなさまにもお伝えします。

教育が、人を作る。

地雷原の村に、初の小学校が誕生

村で初めてのボスオム小学校

野田塾のみなさん、こんにちは。カンボジアの地雷原の村で小学校が完成したので訪問してみました。カンボジアの北西部バッタンバン州にあるタイ国境に接する小さな村です。この地域はカンボジアの長い内戦の激戦地だったところで、今も多くの地雷が埋められたままになっています。 畑で作業中のトラクターが対戦車地雷を踏んで爆破され、運転手が亡くなったり、大怪我をするという事故が絶えない地域でもあります。

 私は、2006年からこの村に来て住民に地雷処理の技術を教え、共に地雷処理に携わり、もう9年になります。ここは長い内戦で人々の暮らしは根底から破壊されたため、教育を受けられる状況ではありませんでした。大人たちは戦いに駆り出され、ジャングルの中で戦火に追われて逃げまどう生活を強いられていたのですから、当然のことでしょう。  戦争が終結して20年近く経った今では、徐々に平和な生活を取り戻しつつありますが、教育については今後も時間をかけて学べる環境を作らないといけない状況です。今回完成したボスオム小学校は、舗装されたメイン道路から畑の中の道路を10Km近く行ったところにあります。雨季にもなれば道路はぬかるみ、車での通行が困難になり一苦労します。

小学校の子どもたちと高山さん

学校のおかげで先生も生徒も笑顔に

ボスオム小学校では、躾も大切にしています

児童数は、1年生50人、2年生35人、3年生30人、4年生35人の全校で150人です。 今回学校が出来た機会に、子供たちの学力調査を1年生から4年生までにしたそうです。生徒の中に背の高い女の子がいたのでちょっと聞いてみました。14才でしたが、簡単なカンボジア語を読むことも、書くこともできないので、2年生にさせてもらったようです。彼女は生まれて初めて学校に来たと言っていました。ニコニコして学校に行けることが嬉しそうでした。また、4人の先生たちも、学校ができたことに嬉しさを隠せないようでした。 「教育が、人を作る」と思います。学ぶ環境が破壊された地域に、再び学ぶ環境が出来たことは、人として生きていける最小限の条件が整ったといえます。1棟3教室の小さなボスオム小学校ですが、村の人々にとって一番大切な場所として使われるのではないでしょうか。

心が成長すれば、戦争のない国になる

この小学校は、愛媛の「コープえひめ」様のご厚意により、寄贈されました。「人を育てよう」という日本の皆様の国境を越えてのご意志と、村人の「子供たちに教育をしっかりと受けさせよう」という意識とが実を結びました。  この訪問時に、私から子供達や村人、先生に次の二つのことをお願いしました。「ゴミを拾って綺麗な学校にしましょう」と、「スリッパの整頓をしましょう」の二つです。学校という学ぶ環境で、子供達が人としての躾を学ぶというソフト面が充実していけば、戦争のないいい国になると思います。今回は、日本の皆様から贈られたボスオム小学校の学ぶ環境についてご紹介しました。

小学校のプレート

高山良二さんのプロフィール

1947年生まれ、愛媛県出身。
NPO法人/国際地雷処理・地域復興支援の会(IMCCD)理事長兼現地代表の地雷処理専門家。自衛官として36年間勤務し、その間、施設処理部隊(地雷等に携わる部隊)で訓練する。自衛官として「カンボジアPKO」に参加。定年退官後に「日本地雷処理を支援する会(JMAS)」に参加。2010年にJMASを退官し、その後IMCCDを設立。現在、カンボジア政府機関のCMACと地雷処理の共同事業をおこなっている。

IMCCDの高山良二さん
IMCCDのロゴ

IMCCDとは、 カンボジア政府機関のCMAC(カンボジア地雷対策センター)と共同して、住民による地雷処理活動および自立可能な地域の復興を支援し、相互の友好交流を促進することで平和構築の理念を内外に広げることを目的とした団体です。 活動を支援する野田塾には、カンボジアのタサエンコミューンで活躍する、地雷処理専門家の高山良二さんから、近況報告をいただいております。