IMCCD 高山さんからの手紙 #22

野田塾では、「未来にはばたく人材の育成をめざして」という指導理念の下、塾生の皆さんに広い視野を持っていただくために、地雷処理専門家の高山良二さんの活動を支援しています。

 今回は、カンボジアの桜や、撤去されていない地雷についてお話してくださいました。高山さんからの手紙をWEB上でみなさまにもお伝えします。

現実を素直に受け止める。

日本人にとって桜は特別な存在

カンボジア桜

野田塾のみなさん、こんにちは。桜の花が綺麗な春がやってきましたね。日本にいると、春になれば見られる桜も、海外では見られません。とはいえ、タイでは「タイ桜」、カンボジアでは「カンボジア桜」と呼ばれる花はあります。しかし、あくまで日本の桜に似ているだけで、やはり日本の桜は特別です。実は私、これまで日本の桜をカンボジアで咲かせようと何回か植樹を試みましたが、根付くことはありませんでした。

日本人にとって、特別な花である桜。特に海外にいる日本人は、桜をまるで自分の家族のように感じています。それほど親しみのある花なのです。

いまだに数多く残されている地雷

私は相変わらず、タイの国境に隣接したカンボジアの村で、地雷除去作業と復興支援の活動を行っています。日本に帰って講演などをするとき「カンボジアにはまだ地雷があるのですか?」と質問を受けることがあります。正直なところはわかりませんが、カナダのチームが2000年に行った埋設調査によれば、400万個~600万個だそうです。カンボジアには地雷処理をする組織がいくつかあります。カンボジア政府時間のCNAC(カンボジア地雷対策センター)、イギリスのNGOが2団体、UNDP(国連開発計画)が支援しているカンボジア陸軍の組織などです。これらの組織によって、どれだけの数が撤去されたのかわかりません。個人的な感覚ですが、おそらく年間の撤去数は2~3万個でしょう。いずれにせよ、まだまだたくさんの地雷がカンボジアに放置されたままになっています。これは紛れもない事実なのです。

これからも続く、危険な地雷除去作業

畑仕事は、地雷の恐怖との戦い

地雷には「対人地雷」と「対戦車地雷」があります。対人地雷は、人を傷つけたり殺したりするための武器です。対戦車地雷は、戦車や車両を走行できなくするための武器です。では、どうしてたくさんの地雷がカンボジアに残されたのでしょうか。それは、1970年から1990年にかけて続いた、カンボジアの内戦が原因です。特に激しい戦場になったタイ国境周辺には、多くの地雷が埋められています。私がいる地域も、最も激しい戦場でした。たとえ畑とといえども、耕すときには恐怖が伴います。しかし、ほかに働く工場などがないこの地域は、農業以外に家族を養う手段がありません。だから危険とわかっていても、畑で仕事しなければならないのです。

人間が犯したあやまちと向き合う

2006年、私はこの地区に入って地雷処理活動を始めました。もう、足かけ9年がたちましたが、今でも地雷は発見されています。地道な活動ではありますが、人間の犯したあやまちは、人間が正さなければなりません。しっかりと事実と向き合い、戦争のない真の平和を模索すること。それが人間に課せられた神様からの宿題だと思っています。また、この現実を率直に受け止め、人間の本性とも向き合うこと。さらに綺麗ごとの平和主張ではなく、実現可能な「戦争のない国際社会」を模索することが重要です。そのためにも今後も皆さんにこうした現実をお伝えしていきたいと思っています。野田塾のみなさんも、事実や本当のことを捜し求めてください。

これからも続く、危険な地雷除去作業

高山良二さんのプロフィール

1947年生まれ、愛媛県出身。
NPO法人/国際地雷処理・地域復興支援の会(IMCCD)理事長兼現地代表の地雷処理専門家。自衛官として36年間勤務し、その間、施設処理部隊(地雷等に携わる部隊)で訓練する。自衛官として「カンボジアPKO」に参加。定年退官後に「日本地雷処理を支援する会(JMAS)」に参加。2010年にJMASを退官し、その後IMCCDを設立。現在、カンボジア政府機関のCMACと地雷処理の共同事業をおこなっている。

IMCCDの高山良二さん
IMCCDのロゴ

IMCCDとは、 カンボジア政府機関のCMAC(カンボジア地雷対策センター)と共同して、住民による地雷処理活動および自立可能な地域の復興を支援し、相互の友好交流を促進することで平和構築の理念を内外に広げることを目的とした団体です。 活動を支援する野田塾には、カンボジアのタサエンコミューンで活躍する、地雷処理専門家の高山良二さんから、近況報告をいただいております。